オンラインコミュニティの作りかた(実践編)

オンライン実践コミュニティで競争力を加速する

 

本稿は「経営センサー」(東レ経営研究所 2018-4号)に掲載いただいた「オンライン実践コミュニティで競争力を加速する」に加筆したものです。
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短期のビジネス研修で圧倒的な成果を出すにはどうすれば良いのだろうか。
 
研修参加者の中には講師のちょっとした言葉に電撃的なショックを受け、人生が変わるような人もいる。ただそれは稀なケースで、多く場合、学習者は習ったことの大部分を忘れてしまうのが現実だ。
 
さらに学んだ内容が本質的(もしくはそれまでの考え方を否定する可能性があるもの)であればあるほど、抵抗感を持つ人が多くなる。なぜなら、行動や思考の変化が必然的に要求されるからだ。
 
変化=精神的ストレスなので、できるだけ早く解消したいと思う。そこで
 
「やっぱり使えない」
「うちの業界は特殊だから、このビジネススキルは役に立たない」
 
といった結論を早々に出してしまいがちになる。早く楽になりたいからだ。
 
では学習者が安易な結論を出さないようにするために、どんな工夫があるだろうか?
 
そのヒントになるのが「実践コミュニティ」である。
 
たとえば、筆者は2日間ビジネス研修を定期的に行なっている。1回目の研修から約1ヶ月間あけて2回目の研修を行うのだが、その冒頭で前回習った内容をどう実践したかを発表していただいている。
 
そこで毎回大きく2つのグループに分かれる。
 
最初のグループは、習った内容を現場で使おうとしたものの早々に挫折してしまい、それ以降は何もしていない人たちである。たとえば営業で習ったスキルを使おうとしたものの、クライアントにダメ出しされてしまう。すると心が折れてしまい、その後は何もしていないのである。
 
もう一方のグループは、どんどん現場で実践を重ねてくる参加者たちである。失敗談も成功談も楽しそうに話していただけるのだが、前者と後者のグループに明らかに能力差があるとかと言えば、そんなことはない。
 
ではその違いは何かといえば、実はちょっとした悩みを相談したり、経験をシェアできるメンバーがいたかどうかの差である。色々聞いてみると、実践を重ねてきた参加者たちは、研修後に飲み会を開いたり、Facebookグループを作ったりしてお互いの経験をシェアしているのである。
 
同じ形式の研修を何度も行っているが、結論はほとんど同じ。経験をシェアできる仲間がいるかないかで、はっきり差が出る。とすれば、やるべきことははっきりしている。経験をシェアするプラットフォーム、つまり「実践コミュニティ」を研修とセットで提供すれば学習の定着は加速するのである。
 

実践コミュニティ(Communities of Practice)を作る


実際のビジネスでも「実践コミュニティ」が競争力アップに役立つことは明らかになっている。では、そもそも我々は一体どのようにして実践コミュニティに参加し、仕事に役立つ知識やノウハウを得ているのだろうか?米クリエティブリーダーシップセンターのLombardoらの職場学習研究によれば、社会人の学びはおよそ下記の割合で構成されている。

70%:実際の経験(OJT)を通じた学び
20%:周りの人からのフィードバックや観察による学び
10%:正式なトレーニングを通じた学び
 
10%のトレーニングはいかにも「教育」であるが、大部分の学習はインフォーマルかつソーシャルに行われているのである。
 
インフォーマルな学びがいかに行われているのかを解明したのがゼロックスの研究員で人類学者のジュリアン・オーアである。オーアは著書「Talking about Machines」(未翻訳)で、コピー機の修理工たちがどのように情報交換しているのかを詳細に研究し、それが仲間からの
 
「武勇伝(War Story=戦いの物語)」
 
であることを突き止めた。
 
修理工たちは定期的にカフェテリアに集まり、自分が担当するコピー機を怪物に見立て、いかに自分が戦ったか(修理したか)という武勇伝を語り合っていた。その武勇伝を通じて各自が仕事に必要な情報を得ていたのだ。同じタイプのコピー機であっても、客先の使用環境によってコピー機にクセが生まれる。
 
「サービスマンはちょうど羊飼いが群れの羊一頭一頭を知っているように、担当のコピー機について熟知している」
 
のだが、そのような現場ノウハウはマニュアルには載っていない。もちろんこのような武勇伝は100%正確な情報ではない。また詳細までは覚えている人は少ないだろう。しかしそのような武勇伝を通じて、困った時に誰に相談すれば良いか(Know-WHO)、そして自分が「怪物」と戦うときに、どんな手があるか(Know-HOW) についての重要なヒントを得ていたのである。
 

「武勇伝」をシェアするためのデジタルプラットフォーム

 
日本の場合、「実践コミュニティ」として伝統的に機能してきたのが飲み会である。いまでも「飲みニケーション」の場で語られる武勇伝を通じて付加価値の高い情報を得ている人も多いはずだ。もちろん自慢話を聞かされて苦痛な場合も、場所や時間の制約でどうしても参加できない場合あるだろう。
 
それならば、現在そのほとんどをアナログに頼っている武勇伝のシェアを、デジタル上の「実践コミュニティ」で一部でも代替できればそのインパクトは大きいはずだ。

しかし、その取り組みは死屍累々の道でもある。たとえば5−6年前、Facebookに似た社内SNSを導入するのが静かなブームになった時期がある。
 
ところが、”暇なやつ”と思われたくないとの思いから、誰も書き込まないで閑古鳥が鳴いたり、一部のマニア社員だけが書き込むオタクの情報交換の場になってしまったり、上司や経営陣に対する不満をぶちまける「悪口掲示板」になってしまい、突如閉鎖されてしまった例など、失敗事例は枚挙にいとまがない。
 
では、どうすれば真の「実践コミュニティ」を実現できるのか?筆者は3つの方法が有効だと考えている。
 
1)武勇伝が伝播する表彰制度を作る
2)デジタル×アナログでインフォーマルネットワークを促進する
3)オンライン実践コミュニティを作る
 

1)武勇伝が伝播する表彰制度を作る


リクルートが社内で行なっている社員表彰制度では、表彰された人は「なぜ自分は成功したのか」(武勇伝)をみんなの前で雄弁に語る事が半ばルールになっている。その話が面白くないと、「ダサい!」という烙印を押されるため、表彰された人(+その人の上司)は感動のストーリーを必死に考える。このようにフォーマルな制度として武勇伝が自然に伝播される制度を作り、デジタルアーカイブ化して誰でも検索・閲覧できるようにすれば、貴重な情報がシェアされやすくなる。(
それをベースに自由に感想をシェアできるコミュニティを作っても良いだろう。)
 

2)デジタル×アナログでインフォーマルネットワークを促進する

 
インターネット黎明期のコンサルティング会社では、ベスト・プラクティスをアーカイブし、どこからでも閲覧できるようにする「ナレッジマネジメントシステム」の構築が盛んに行われた。しかし程なくしてネットだけではバリューの高い暗黙知のシェアは難しいことがわかり、人間臭い交流が重視されるようになった。
 
例えば、マッキンゼーでは「PDネット(Practice Development)」と呼ばれるデータベースや、スタッフの論文を小冊子にした「ナレッジ・リソース・ディレクトリー(KRD)」が作られる一方、コンサルタント同士はアナログで連絡を取り合うことが推奨された。「本当のところが知りたかったら、直接本人に聞いてください」という訳だ。
 
このようにデジタルとアナログの役割を分け、知のネットワーク化(トランザクティブメモリー)を推進する方法は、十分応用できる。アナログでしか不可能だった「人間臭い」交流を、チャットなどで一部代替し、デジタル上で「実践コミュニティ」を実現できれば、新しい競争力に源泉になる可能性がある。
 
いずれにしろ、このような領域でデジタルを活用できる会社とできない会社では、今後決定的な差が出てくるはずだ。
 

3)オンライン実践コミュニティを作る


「活発なコミュニケーション」自体を目的にした社内SNSはうまく機能しないが、明確なタスクベースのコミュニティはオンラインでもオフラインでも機能する。冒頭でご紹介した2日間研修における実践コミュニティが機能したのはまさにこの理由で、同じゴールに向かって進むメンバーが経験した成功例や失敗例は、貴重な資産になる。

このような目的ベースの実践オンラインコミュニティを作るクラウドサービスがすでに多数ある。FlowPADもその一つだが、社内のデジタルコミュニケーションをメールだけに頼っていたり、貴重な情報資産が無料SNSに流れたりしているのであれば、導入検討の価値はあるはずだ。
 
さらにZoomなどのビデオ会議ツールをうまく組み合わせたり、アナログのコミュニケーションもうまくバランスし、独自のコミュニティを運用するノウハウを蓄積すれば、将来に向けた大きなアドバンテージになる。なぜなら実践コミュニティで投稿されたデータは、近い将来AIを活用した機械学習のための基礎データとなるからだ。
 

これから起こるEdtech革命

 
シンギュラリティに向けて、テクノロジーがこれからの社会をエクスポネンシャルなスピードで変えていくことに、もはや疑いの余地はない。教育×テクノロジーを「EdTech(エドテック)」と呼ぶが、AIやブロックチェーンなどの活用により、教育のイメージも大きく変貌していく。
 
そして、この動きは今後ビジネスに大きなインパクトを持つ。なぜならマネジメントとは、組織知を社員に教育・共有し、それをベースに新しい価値を生み出していくという、形を変えた「教育」産業に他ならないからだ。

ただ日本における教育のデジタル化の動きは先進国でも鈍い。
 
例えば、アメリカでは名門校が軒並み授業をオンライン化したり、ネットで無料公開するプラットフォーム「MOOC」参加への動きが顕著だが、日本は京都大学など一部の先進的な大学がわずかに取り組んでいるだけだ。
 
いずれにしろ技術の進化はどんどん加速している。この動きにいち早く対応した個人や企業がアドバンテージを持つことは年々明白に違いない。

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