オンライン学習コミュニティの作り方(コンセプト編)

3つの基本形

デジタル教育(Eラーニング)には大きく3つのタイプがあります。それぞれに優劣があるわけでなく、目的に応じて、これらのタイプを正しく選択したり、組み合わせることが重要です。
 
この分類を間違えると、せっかく作ったEラーニングやオンラインコミュニティがうまく機能しないので要注意です。
 
(レベル1)知識習得を主な目的とした「伝統型教育」
(レベル2)フレームワークや、コツ/スキルの習得を目的とした「トレーニング型教育」
(レベル3)新たな知識の創造を目的とした「正解のない世界のコミュニティ学習」
 

 


 

(レベル1)知識習得を目的とした伝統型教育

 
知識を、順序良く、効率的に伝授することを目的とするのが「レベル1」型の教育です。言いかえれば「Learning(学び)」より「Teaching(教える)」方にウェイトが大きいスタイルです。 
 
学校教育や資格・通信教育、また従来型のEラーニングやオンラインコースでよく使われる方法で「自己学習」と「反復学習」による知識の伝授を得意とします。
 
 ●具体例→ 自己学習型のオンライン講座/コンプライアンス教育など
 ●方法 → 講義(動画)やスライド。練習問題(クイズ)、レポート提出
 ●条件 → 絶対的な正解がある(講師がそれを知っている前提)
 ●推奨インフラ→通常のEラーニングシステム(LMS)が最適
 
*LMS=Learning Management Systemの略。動画配信や資料配布、クイズ、提出物管理、進捗管理などの機能がワンセットになっている。
 
内容がレッスン1、2といったように体系立っており、学習者にとっては学ぶ内容が明確なので「学んだ感」が大きいのが特徴です。
 
また自己学習で完結することができるので、提供者にとって教材を作った後の手離れが良いのも特徴です。
 
学習者の提出物管理(例:名簿エクセルへの記入・未提出者へのリマインド)など、日本の教育はアナログで運営されている部分がまだまだ多いので、非効率な部分をICT化するだけでも、かなりの改善効果が期待できます。
 
レベル1のEラーニングをチョイスする場合、最も気をつけたいのはモチベーションの問題です。「人事が従業員にコンプライアンスなどを強制的に学ばせる」といった設定がある場合を除いて、受講者の自主性に任せるEラーニングは、修了率のぶれ幅が大きくなります。
 
というのは、Eラーニングは教室型授業に比べ、元々学習意欲が高い層は満足度が高く、逆に低い層は満足度が低くなるという「モチベーションの増幅機能」的な側面があるからです
 
学習コンテンツの面白さや、ストーリー設計がそれなりのレベルにあることは大前提として、その上で「脱落者」を防ぐためには、単調な繰り返し学習パートを減らしたり、アナログのコミュニケーションでカバーしたり、達成感を刺激するようなゲーム要素*(例えばランキングやラジオ体操のスタンプカードのようなもの)を入れたり、赤ペン先生をいれたりしながら、理解をアップしつつも、モチベーションが継続できるような仕掛けづくりが必要です。
 
また学習者のレベルに合わせてコンテンツが変化する「アダプティブラーニング」やAIの活用も有効です。
 
*「ゲーミフィケーション」(Gamification)と呼ばれます。
 


 
(レベル2)フレームワークやコツ・スキルの習得を目的としたトレーニング型教育

 
楽器の吹き方や、ゴルフの教材ビデオをいくらみても、それだけはうまくなりません。
 
同じように、知識や情報を覚えるだけでなく、学習者が自分で使えるようにトレーニングするのが「レベル2」型の教育です。つまり、
 
<知識を伝授する>より<本人が主体的に学ぶ>方にウェイトがあります。

 
こちらも「自己学習」と「反復学習」が主に使われますが「レベル1」に比べると、正解が絶対的ではないこと、またすでにそれぞれの人が自己流でやっているので、学習者がそれなりに学んでみて
 
「腹に落ちる」
 
という感覚を持てることが必要です。
 
 ●具体例→ 分析フレームワーク(4Ps, 3C,など)のMBA教育。スキル教育。
 ●方法 → 課題を使った反復トレーニング。ロールプレイ(演習)
 ●条件 → ハラ落ちする内容で、学習者が自分の思考回路を変えられること
 ●推奨インフラ→通常のEラーニングシステム(LMS)&
         集合研修/ソーシャルラーニング型プラットフォーム
 
注意点は、クイズにようにあらかじめ設定した答えを教えるような方法では、反発を招くことがあること。
 
例えば、営業、交渉術、マネジメントなどのスキルは、いかにカリスマ講師が教えても、それが唯一絶対の方法ではありません。また業界によって”成功法則”も異なります。
 
したがって、単に動画を「正しい知識」として見せる、クイズ形式で一律に”正解”を強いる(一方的に講師の考えを押し付ける)方法には限界があります。
 
また受講生の中に湧き上がる「それって違うんじゃないの?」「この場合はどう考えればいいの?」といった質問や疑問に丁寧に答えるパーツがなければ、納得感がどうしても低くなります。
 
上記の理由から、受講コメントとして自分の考えを述べてもらい、フィードバックするパーツを設けたり、集合研修(対面)による
 
「ワークショップ」「ディスカッション(対話)」「プロジェクト」「ケーススタディ」
 
などがよく使われます。(いわゆる「反転学習/Flipped Learning」やブレンディッドラーニングと呼ばれる方法です)
 
とにかく
 
「うちの業界は特殊だから」
「それはあの人だからできたんだよ」
 
と捉えられがちなスキルや知識を
 
「なるほど。そういうやり方もアリだな」
「ちょっと使ってみるか」
 
と腹落ちしてもらう事が大切です。
 
また絶対的な正解がない分だけ、参加者同士が他者のコメントから学べることも多くなるので、その機会を用意することで満足度や理解度が一気に向上します
 
その反面、提供者にとっては「教材を売って後はほっておく」という売り切りモデルにはならないので、手離れは悪くなります
 
ただ、最近ではこれまで集合研修(対面)でカバーできないと思われていた対話部分を、ZOOMなどのオンライン授業でかなり代替できることが認知されつつあり、さらにソーシャルラーニング重視のLMSを組み合わせることで、効率的にその価値を増幅させることもできるようになってきています。つまり最適なITをうまくコンビネーションすることが肝になります。


 
(レベル3)新たな知識の創造を目的とした正解のない世界のコミュニティ学習

 
答えがない課題について、みんなで意見を寄せ合いながら学び合う、新しい知識や解決法を見いだしていくタイプの教育です。
 
唯一の答えがないので”先生”が「Teaching」することができません。
 
したがって答えがあることをベースにした「レベル1」「レベル2」型のシステムはあまりフィットしません。
 
そして「Teaching」(教育)よりも「Learning」(学習)を重視したのが
 
オンラインコミュニティ型の学習ということになります
 
 ●具体例→社会人向けスクール・松下村塾タイプの対話型教育
 ●方法 →対話・ディスカッション形式
 ●条件 → 唯一の正解がある訳でないので、参加者の貢献意欲が必要
 ●推奨インフラ→ソーシャルラーニング型のプラットフォーム
 
はっきりした正解がなく、
知識量が多いほど正解を知っているわけでもなく、
さらに、みんなそれなりに持論があるもの(例:子育て論、経営哲学、経済政策、政治)
 
ほど向いているのが「レベル3」型のスタイルです。
 
 このような学習スタイルでは、
 
「参加者同士がお互いに学び合うコミュニティ」(ラーニングコミュニティ) 
 
が向いています。
 
注意点として「レベル3」の学習では、色々な人が、様々な角度から意見を出すので、ディスカッションをリード(昇華)するためのファシリテーション力が求められます。
 
つまり、ほっておくと1)炎上するか、2)無法地帯になるか、3)安全性が担保されないので、誰も意見を発しなくなります。
 
ファシリテーション型のクラス運営に慣れていない講師は、参加者からのリアクションが薄かったり、反論が出たりすると、不安を払拭するためについつい「レベル1」の講義型にスタイルを変えてしまいがちです。(オンライン授業ならなおさらです)
 
つまり、ここに乗り得るべき壁があります。
 
また「意見が違う」ことに対して、多くの日本人はまだまだ不慣れです。
 
一つのテーマに対して、色々な意見や反対意見が出ることは「和を乱す行為」でもなく、正しい合意や真実にたどり着くための極めてポジティブな状態です。
 
このような状態で「キレず」に、積極的に大人な対話ができるマインドセットとスキルが参加者に求められます。
  
また、
 
「正解がある」(先生がそれを知っている)
 
という前提で、クラス運営される「レベル1」型の教授スタイルに慣れすぎていると、正解がないフワフワとしたテーマについて学んだり、ディスカッションすること自体に、
 
「結局答えはなんなんだ」
「答えを教えてくれ」
 
といった疑問やストレスを感じたり、対話することに無意味さを感じる方がいます。(有料セミナーなどでは苦情が出る事も!
 
その意味で、
 
何か新しい知識を得る事に意味があるのではなく、全員で正解のない課題について進むべき道(仮説)を考えること、そのプロセス(経験)にこそ意味がある
 
という事に価値を見いだし、参加者の「納得感」を高めることがポイントになります。
 
従来型LMSはBBS(掲示板)やFAQ(質疑応答)、簡単なチャットなどの機能を持っているものの「レベル3」を実現する本格的な対話・ディスカッションを持っているものはまだ少数です。
 
 対話促進機能にフォーカスすれば、SNSには学ぶべきところが多数ありますが、同じレベルで実装されているLMSはなかなかないのが現状です。
 


繰り返しになりますが、プラットフォームには得手不得手がありますので、学習タイプ別に最適なシステムを選んだり、組み合わせて使うことが有効です。



 

具体的な事例

 

事例1:

社会人向けの研修やセミナーでは「そんなのはオレのやり方と違う」と強く反発するタイプの方がいらっしゃいます。それに対して
 
「まずは黙って理解しなさい」
 
というパワーで押さえつける古典的な指導をすると、大きな反発を招くことは必至です。
 
もちろん圧倒的なカリスマ講師であれば、擬似的に「師匠ー弟子」の関係が築かれるので、そういうやり方も通用しますが、Eラーニング形式になると、パワーを背景にした受講生に対する心理的プレッシャーは効きにくくなるので、運営が難しくなります。
 
「違う」と思う学習者がいるのは、「自分の経験に合わせて真剣に考えている」という意味ではむしろ健全な事です。
 
実際、欧米の学校では、生徒(学生)が先生の説明にチャレンジする(反論する)のは、むしろ前向きな学習姿勢としてウェルカムされますが、日本人はまだまだ慣れていない方も多いのが実際です。
 
したがって事前のオリエンテーションが必要となります。(先生もチャレンジされることを歓迎するタイプでなければ、「レベル3」の学習環境は生み出せません)
 
それぞれの人が「違う」と思う理由や背景を参加者全員でシェアし、そのテーマについてディスカッションすることで理解が深まり、全員にとって深い学びとなっていくのです。
 
また形式としてレベル1」「レベル2」タイプのプラットフォームを使うと、そういう貴重な声が拾えません(実質的に無視されます)。その結果、洞察が深く、問題意識の高い学習者ほどアホらしくなって途中で学習を止めてしまいます。
 
したがって受講生が経験に基づく持論を持っていたり、意見が割れそうなジャンルのテーマについては、レベル1、2に加え、レベル3のディスカッション要素を積極的に取り込む必要があるのです。
 

事例2:

答えがないことを議論する「レベル3」型の学習を成立させるには、参加者のマインドセットを早い段階で揃える必要があります。
 
例えば、私が運営責任者をしていたMBA(経営大学院)の「経営戦略」クラスの事例では、クラス序盤では必ずと言っていいほど、下記のような一部から不満の声が出ました。
 
「答えを教えて欲しい」
「何を習っているのわからない」
 
なぜこのような声が出るかといえば、ディスカッションテーマが
 
「楽天がAmazonに対抗するために、今後5年間でとるべき戦略とは?」
「TOYOTAのSoftbank提携は正しいのか?」
 
のようなもので「これが答えだ」というものがないからです。
 
もちろんアカデミックなバックグランドも、コンサル経験も豊富な講師側も、これらのテーマに対して絶対的「答え」を持っている訳ではないですが、定石的な理論(公式)や、キモになる情報の分析方法や問題解決のメソッド、解決策の発想法などを、ディスカッションを通じて提示する方法をとります。
 
レベル2〜3の思考法を伝えるためには極めて実践的(かつ講師の負荷が高い)な方法なのですが、暗記して当てはめれば、魔法の杖のように答えが出せるフレームワークを教えて欲しい、と思っていると「講師が教えない」ので、何を学んでいるかわからない状態に陥ります。
 
「ケースメソッド(Case Method)」で有名なハーバードビジネススクール(経営大学院)でも、授業のかなりの時間はディスカッションに費やされるため、レベル1の授業が当たり前の国から来た学生は、
 
「なんで高いお金を払ってアメリカに来たのに、わざわざクラスメートとディスカッションさせられるんだ」「何で先生は講義をしないんだ」
 
と当初は戸惑うそうです。
 
このようなショックを防ぐためにも、オリエンテーションの段階で「レベル3」型学習の目的を、受講生にしっかりと伝える必要があります
 
(補足)
過去の企業事例を分析する「Case Study」と、自分がその会社の経営者だったらという想定で意思決定を訓練する「Case Method」はよく混同されがちです。CaseStudyは「レベル1」でも可能ですが、Case Methodには「レベル2.0」以上に対応するプラットフォームが必要です。

 


事例3:

「次の文章を読んで、カッコに入るのは、"is"か"was"かを、みんなでディスカッションしましょう」
 
という英語学習プログラムに「レベル2 or 3」の学習方法を使った場合はどうでしょうか?
 
100%の確率で、盛り上がらないか、すでに知識がある人が、ありったけの知識を披露し、それを見ている大多数の人がしらけて終わり、という状態になるでしょう。(無用な恥をかきたい人はいませんから当然です。)
 
この場合は「レベル1」タイプのEラーニングを基軸として、プログラムを設計しなければならないのです。
 
もちろん知識取得のタイプの学習テーマでも、うまく「レベル3」で使うファシリテーションや、学習コミュニティを活用する事によって、生徒(学生)の主体的な学習を促す事は可能です。
 
また学習内容をネタにして、学習者がゆるくつながるコミュニティ(バックチャンネルと呼ばれます)を作ることも、場合によっては有効です。
 


さて、みなさんは始めうとしているEラーニング、そしてオンラインコミュニティは
どのタイプでしょうか?
 
どんな目的で、どんなプラットフォームをどのような割合で組み合わせれば良いのかなど、スタートする前にぜひ検討ください。
 


<参考>
専門的には「レベル1」は構造主義的学習、「レベル3」に近づくほど構成主義的学習という分類になります。


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